2006年01月24日

今日は、、、、

なんだかダルイ。。。風を引いたっぽいです。今、風邪が流行ってますな。。。


みなさんも、どうぞ気をつけてくださいませ。。。
posted by ココタロ at 12:38| 東京 ☀| Comment(39) | TrackBack(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これ、すごいオススメっす!!!

色々とオーディションを見ていたら、こんなオーディションを見つけました。


CDデビューオーディション NEW STAR AUDITION



音楽業界を震撼させる 史上空前 BIG音楽オーディション『NEW STAR AUDITION 〜ニュースターオーディション〜』日本全国から次代のミュージックシーンを担う“ニュースター”発掘に向けてついに開催!!グランプリにはCDメジャーリリース&映画主題歌にてデビューを約束。2006年、次代のNEWSTARをめざせ!!



ってことみたい。。。ミュージシャンになりたい人には、相当オススメかも。映画の規模にもよるけど、いきなり主題歌が歌えるっていうのは、あんまりないよね。あってもスンゴイでかいオーディションとかとか・・・・



とりあえず、オーディション受けたい人は、CHECK IT !!

★★☆☆  オーディション NEW STAR AUDITION  ☆☆★★
posted by ココタロ at 12:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オーディション情報! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

オーディションで歌ってみたいミュージシャンは・・・・・

今日は、大好きなミュージシャン、『クイーン』について調べてみました。

相変わらず、『wikipedia』は、詳しく載っとりますなあ。。。。



★★以下、wikipediaより抜粋★★


クイーン(Queen)は、1973年から1991年まで世界的に活動していた、イギリスのロックバンド。初期においては特に、グラムロックに分類されることもある。雑誌ミュージック・ライフが最大限のプッシュをしたこともあり、日本ではレッド・ツェッペリンに匹敵する巨大な人気があった。中学生にとってはベイ・シティ・ローラーズと並ぶ二大アイドルの一つであり、高校生にとってはキッス、エアロスミスと並ぶ新三大ハードロックバンドの一つであった。



※1991年まで活動していたというのは、あくまでもリーダーのフレディ・マーキュリー(「メンバー」の項参照)がエイズによるカリニ肺炎で死去した年であって、「オリジナル・メンバーでの活動が終息した」という意味であり、その後も「クイーン」名義で、残されたメンバーでの活動は断続的に続き、旧作の音源を中心にCDリリースは続いている。



【メンバーと主な担当楽器】



  • フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury, 1946年9月5日 - 1991年11月24日):リード及びバッキングボーカル、ピアノ。

    (初期のスタジオ盤において、1曲のみハープシコード。ステージでの「愛という名の欲望」でアコースティックギター、エレキギター。フェンダーのテレキャスターを使用)本名はファルーク・バルサラ(一説に{フレデリック・ボルサラ})

  • ブライアン・メイ(Brian May, 1947年7月19日 - ):エレキギター、アコースティックギター、バッキング・ボーカル。

    (セカンドアルバム以降、数曲でリード・ボーカル、初期の曲でウクレレバンジョー、「手をとりあって」「セイブ・ミー」など数曲でピアノ~これらの曲についてはステージでの演奏でも同様。ステージ「フラッシュ・ゴードンのテーマ」の前半ではシンセサイザー〜スタジオ盤での曲目ごとのシンセサイザー担当者は不明であるが、この曲のシンセサイザーに関しては彼が担当していると推測される。)ギターはレッド・スペシャルと言われている手製のギター。父・ハロルド氏と一緒に二年かけて制作されたギター。

  • ロジャー・テイラー(Roger Taylor, 1949年7月26日 - ):ドラム、バッキング・ボーカル、スタジオ盤でのパーカッションのほとんど全て。

    (ファーストアルバム以降、アルバム用の録音曲につき1〜2曲のリード・ボーカル、または、フレディとの掛け合いやユニゾンの形でのボーカルのフィーチャー。初期のステージにおいても、1曲またはワンポイントでのリードボーカル。初期のスタジオ盤で自作の1〜2曲のみベースとエレキギター。)なお、デュラン・デュランにも同姓同名のイギリス人ドラマーがいるが無関係。

  • ジョン・ディーコン(John Deacon, 1951年8月19日 - ):ベース(初期のスタジオ盤1曲のみエレキピアノ、初期のスタジオ盤1曲の数小節においてダブルベース。特に初期の数曲でアコースティックギター。ステージ「ステイング・パワー」でエレキギター、「キラー・クイーン」にてトライアングル等。)


前述のとおり、スタジオ録音盤でのシンセサイザー(中期以降のベースシンセも含むと判断される)のプレイヤーとしては、メンバー全員がクレジットされているが、曲目ごとの担当は不明。また、プログラミング(打ち込み)担当も不明である。



1980年代初頭のステージから、スパイク・エドニー等のサポートメンバーを加え、サイドギターやキーボード(特に、エレキピアノやシンセサイザー)、一部バッキングボーカルを担当。



【サウンドの特徴】

学生時代、ブライアンと、(幼少のころ、教会の聖歌隊の経験もあったという)ロジャーの在籍していたバンド「スマイル」から、ボーカル兼ベースのティム・スタッフェルが脱退。その後任として、フレディが加入し、「クイーン」の母体が出来上がった。メンバーの紹介だが、オーディションの形で最後に加入したのが、ベーシストのジョン・ディーコンであった。1971年のことである。



しかし、「スマイル」時代に既に、3部のコーラス、リードボーカルを分担する方式、エレキギターとアコースティックギターを使い分ける「静と動」といった曲の構成、ドラムのスタイルなど、ピアノサウンド以外ほとんどが確立されていた。

「スマイル」は、シングルとミニ・アルバムをリリースし、クイーン全盛期の1980年代中ごろには、LPレコードアルバムとして再発売された。



一方、学生時代インドでの寄宿舎生活の長かったフレディは、いくつかのアマチュアバンドでボーカルを経験。クイーンのファースト・アルバムを制作している間に、「ラリー・ルレックス」名義でシングルレコードをリリース。バック演奏にはクイーンのブライアンとロジャーも担当。





posted by ココタロ at 20:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

次は、ASAYANですかね。。

今回は、『ASAYAN』について。相変わらず、『wikipedia』から引用させてもらいましたが、けっこう詳しく書いてあるもんですね!びっくりですわ。。何気にあの当時は、みんなが憧れたメジャーオーディション番組でしたな・・・・



ASAYAN(あさやん)はテレビ東京で日曜21:00〜21:54に放送されていたテレビ番組。ルーツは1992年にスタートした『浅草橋ヤング洋品店』。



「夢のオーディションバラエティー」として、小室哲哉や、つんくなどのプロデュースで、モーニング娘。など、数多くのアーティスト、タレントを輩出した。




当初は小林幸子・ルー大柴・ナインティナインらが出演したバラエティ番組だったが、1995年10月に『ASAYAN』にリニューアルの際に、前半は浅草キッドがメインMCの「浅ヤン」を、後半に電通のプロデューサーが製作現場に常駐しテレ東の番組でも大きなタイアップを採れることに独特なカット割りとテロップに句読点を多用するタカハタ秀太がディレクターに就き、小室哲哉がプロデュースし、ナインティナインらが司会を務めるオーディションコーナー「コムロギャルソン」がスタート。



1996年3月に伊藤輝夫(テリー伊藤)が番組の演出を降板(同時に「浅ヤン」終了し浅草キッドが降板)、4月にこれまでの構成から「コムロギャルソン」拡大と共に、視聴者の夢を叶えるナイナイ司会の「夢のオーディションバラエティー」へと変貌する。



番組からは小室のプロデュースしたヴォーカリスト、鈴木あみ(現:亜美)、また現在活躍中のタレント·振り付け師のKABA.ちゃんも在籍した「dos」や泣き虫デザイナーとして人気を得たごあきうえなどを生み出した。



そして1998年、シャ乱Qのつんくがプロデュースしたモーニング娘。が大いに話題を呼び、その後の「ハロープロジェクト」の基礎をつくった。



ここでは「コムロギャルソン」スタート以降の1995年10月1日〜2002年3月24日の放送を取り上げる。



2000年12月よりBSジャパンでも放送開始、しかし日本音楽事業者協会や音楽制作者連盟と著作権・肖像権問題で折り合いが付かず、1ヶ月弱で打ち切りとなる。



2001年4月にはタカハタ氏率いる制作スタッフが降板したことにより、番組タイトルロゴ・セット・ナレーターと一新され、製作協力にワイズビジョンが加わったことにより、全てのコーナーが失敗に終わった。 「敗者復活オーディション」やモーニング娘。の密着がなくなったことが大きく響き、「発掘!あるある大事典」など強力な裏番組に苦しめられ2002年3月に「浅草橋ヤング洋品店」開始から続いた「ASAYAN」は10年でピリオドを打った(この時点で、TXNと独立局5局以外の放送局では打ち切りとなる)。 最終回ではナイナイの岡村が「浅ヤン」時代の大変な実験を思い出す場面もあった。後番組には引き続きオーディション番組をスタンスにした「ハマラジャ」に変わったが、「発掘!あるある大事典」や同時期にスタートした「行列のできる法律相談所」といった裏番組に苦しめられたり、また前番組「ASAYAN」番組スポンサー数社(その中にはASAYAN当時のスポンサーだったavex traxやSony Musicなどの企業名もあった)の降板があり、半年で打ち切りになった。



エピソード


番組開始初期に「コムロギャルソン」のスタジオ(東京メディアシティ・K1スタジオ)で浅草キッドが登場して「浅ヤン」を放送し、観客や当時のナレーターだった川平慈英は騒然だった。

1998年では関東地区に大雪が降った為、観客なしで収録された。この日は「ヴォーカリストオーディションファイナル」1次電話投票があった。

1999年12月5日のモー娘。石黒脱退では通常のスタジオではなく別のスタジオで観客なしで収録。また、この日の深夜の「TXNニュース」のラストで紹介された。

1999年には収録中にナインティナインの岡村隆史が収録中に(「太陽とシスコムーン」新展開発表前)肩に止まったハエを追い払おうとしたところ右肩から転落し、右肩を骨折した事件もあった。その後、岡村復帰までマルチは岡村の顔アップ画像を写した。


番組MC



  • ナインティナイン

  • 永作博美 (〜1998年9月)

  • 中山エミリ (1999年1月〜終了)


※永作降板から中山エミリが新MCになるまでと、ナイナイの岡村隆史が入院療養中時にはモーニング娘。のメンバーがMCを務めた。

ナレーター



  • 川平慈英(〜1998年4月)

  • 松尾貴史(1998年4月〜2001年4月)

  • やまだひさし (2001年4月〜終了)


ASAYANから誕生したアーティスト、タレント



  • コムロギャルソン

  • 小室哲哉、久保こーじ

  • dos

  • 天方直実

  • L☆IS

  • 亜波根綾乃

  • 福井麻利子

  • ABYSS

  • FBI (現shela)

  • 石井ゆき

  • 佐々木ゆう子

  • RK(河村隆一)

  • Say a Little Prayer


CM美少女/美女オーディション



  • BIG ECHO

  • 樋口明日香
    三井のリハウス  池脇千鶴
  • 三井のリハウスレディ  星直子

  • 乱発オーディション  マックス松浦


  • SHU:DO

  • move

  • YURIMARI


Jリーガーオーディション



  • ラモス瑠偉

  • 岡山一成

  • 高木成太

  • 女性ロックヴォーカリストオーディション

  • シャ乱Q

  • 平家みちよ

  • モーニング娘。(1〜4期メンバーのみ)

  • 中澤裕子(ゆうこ)

  • タンポポ

  • プッチモニ

  • シャッフルユニット(黄色5・青色7・あか組4)

  • 男性ヴォーカリストオーディション



    • 浅倉大介

    • pool bit boys

    • ヴォーカリストオーディションファイナル

    • 小室哲哉

    • 鈴木亜美(デビュー当時の鈴木あみ)

    • MIYUKI (諸隈美幸)

    • 芸能人新ユニットオーディション

    • つんく

    • 太陽とシスコムーン(T&Cボンバー)

    • 稲葉貴子

    • RuRu

    • 小湊美和

    • 信田美帆


    再起オーディション



    • 鈴木早智子

    • パシフィック・ドリーム・ポップシンガーコンテスト

    • つんく、まこと

    • ココナッツ娘。


    最終オーディション1999


    小室哲哉


    • 小林幸恵

    • 男子ヴォーカリスト

    • 松尾潔

    • CHEMISTRY

    • STEEL

    • EXILE(ATSUSHI)

    • 藤岡正明

    • デザイナーオーディション

    • ごあきうえ

    • 世界標準

    • 茂本ヒデキチ



    • 敗者復活オーディション

    • 椛田早紀

    • ラッパー

    • VERBAL(m-flo)

    • Heartsdales

    • 超歌姫

    • 勝又亜依子

    • 神山さやか

    • 日韓アイドル

    • route0

    • 男子高校生オーディション

    • 弓削智久

    • 相川寿里(現JURI)

    • モデルオーディション

    • VOGUE ITALIA

    • 浜崎あゆみダンサー

    • ViVi専属モデル

    • 映画俳優

    • 女流カメラマン

    • 柳明菜(グランプリ・高校在学中)

    • グラビアアイドル



    番組ネット局(同時ネット局)



    テレビ東京、テレビ大阪、テレビ北海道、テレビ愛知、テレビせとうち、TXN九州(現・TVQ九州放送)、岐阜放送、三重テレビ放送、テレビ和歌山、びわ湖放送
    (遅れネット局)※途中打ち切りおよび途中から番組開始の局あり


    青森放送、秋田放送、IBC岩手放送、テレビユー山形、ミヤギテレビ、テレビユー福島、新潟総合テレビ、信越放送、テレビ山梨(1996年3月打ち切り)、チューリップテレビ、北陸放送、福井テレビ、静岡第一テレビ、奈良テレビ(途中から同時ネット)、山陰放送、中国放送、テレビ山口、四国放送、南海放送、高知放送、サガテレビ、テレビ大分、テレビ長崎、テレビくまもと、テレビ宮崎→宮崎放送、南日本放送、沖縄テレビ



    スタッフ



    • 構成 : 都築浩、鮫肌文殊ほか

    • 演出 : タカハタ秀太→白岩久弥

    • プロデューサー : 桜井卓也(テレビ東京)、岡本昭彦(吉本興業)、武野一起(ワイズビジョン)

    • チーフプロデューサー : 橋山厚志(テレビ東京)

    • 製作協力 : ワイズビジョン(2001年4月〜)

    • 製作 : テレビ東京、吉本興業

    • 技術 : 池田屋

posted by ココタロ at 12:08| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(3) | What's オーディション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

ウッチーが結婚!!!

ウッチーが結婚だってさ!!ちょっとショック。。。かわいいよね。ウッチー。

是非、幸せになってもらいたいと思います!!

★以下、サンスポからの抜粋です。まだ詳しく読んでいない方はどうぞ。
フジテレビの内田恭子アナウンサー(29)が吉本興業の制作部チーフマネジャー、木本公敏氏(32)と結婚することが10日、同局から発表された。木本氏が浜田雅功(42)を担当していた当時、同局系「ジャンクSPORTS」を通じて知り合い、平成15年3月に交際がスタート。昨年12月に婚約した。内田は「そのままの私を受け止めてくれる大きな心に惹かれた」と喜びのコメントを寄せた。3月いっぱいでフジを退社し、フリーアナとして活動する予定。



フジの女子アナの中でも、1、2位を争う人気者の心を奪ったのは、IT長者でもなく、ヒルズ族でもない。年収700万円(推定)のサラリーマンだった。

木本氏は、兵庫県宝塚市出身。1メートル80、75キロのがっしりとした体格で、目鼻立ちがくっきりとしたイケメンだ。関西学院大学時代はアメリカンフットボールの選手として、また高等部のヘッドコーチとして活躍。面倒見がよく頼れる人物として、当時から人望が厚かった。

2人が知り合ったのは平成12年4月。フジテレビ系の人気スポーツバラエティー「ジャンク−」の現場。当時、木本氏は浜田の担当マネジャー。スタッフの食事会などを通じて徐々に親しくなり、15年春に交際がスタートした。昨年9月に木本氏がプロポーズ。同12月に双方の両親が顔を合わせ、正式に婚約となった。

この日、ファクスで婚約を報告した内田アナは「彼の愛情深く、穏やかで、そのままの私を受け止めてくれる大きな心に惹かれ、ずっと温かい気持ちで一緒にいられると思った」と綴り、木本氏のおおらかで包容力のある性格が結婚の決め手となったことをうかがわせた。

プロ野球選手や、IT企業家などとの交際、結婚が噂にのぼり、華やかなイメージのある女子アナ界。内田アナも、週刊誌などを賑わせてきたが、フジ関係者は「浮ついたところがない堅実な女性」と話す。昨年秋、「木本氏と別れてベンチャー企業社長に乗り換えた」などと報じられた時も交際は続いており、内田アナは心を痛めていたという。

一方の木本氏も、番組がきっかけとなった交際を浜田にたしなめられた際、「真剣な交際です」と説明し、浜田からも理解を得た男気のある人物。仕事をしたことがある関係者は「さわやか」「とにかく穏やか」「無駄な口をきかない」と口をそろえる。

「年収? 入社10年目だから少なくとも700万円くらいかな」とは吉本の関係者。内田アナは、木本氏のハートに惚れ、2人は“プライスレス”な愛情で固く結ばれた。

フジ広報によると妊娠はない。挙式、入籍の日取りや新居など具体的なことは何も決まっていないという。3月の退社後は、内田アナ自身、「大好きなフジテレビとのご縁を今後も大切にしたい」としており、フリーとして同局の番組にかかわっていくようだ。

posted by ココタロ at 11:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

面白いもの発見!!

なんだか面白いものを発見したので、同盟に参加して見ました。


↓これっておもしろくない?!興味のある方は、是非同盟に参加してみてください。


オバオバ同盟oba5.gif

ウハウハ同盟uhauha-banner6.gif

ピヨピヨ同盟piyo6.gif


俺もなんか、同盟作ろうかな・・・・。けど、誰も加盟してくれなさそ(涙)
posted by ココタロ at 19:52| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とりあえず、これでしょ?!王道だもんね。。

やっぱり最初はコレでしょ?!なんて言ってもオーディションの王道ですもん。いろんなオーディションがあるけれど、個人的には、とっても興味がある感じ。皆さんはどうよ??


全日本国民的美少女コンテスト

全日本国民的美少女コンテスト(ぜんにほんこくみんてきびしょうじょコンテスト)は、オスカープロモーションが1987年から開催するオーディションの大会名。 全日本国民的美少女コンテスト実行委員会が主催し、テレビ朝日、レコード会社(第3回まではワーナー・パイオニア、第4〜7回は日本コロムビア、第8回以降はポニーキャニオン、エイベックスほか)などが後援。本選会場はラフォーレミュージアム赤坂(第1〜5回)、東京全日空ホテル(第6,7回)、赤坂プリンスホテル(第8〜10回)と変遷している(全日空ホテルと赤プリはオスカーの歴代定宿)。



後藤久美子を「国民的美少女」として売り出し、世に言う「美少女ブーム」を巻き起こして成功したことをきっかけに、それに続く国民的美少女を発掘しようと開始された。



過去に藤谷美紀、細川直美、松田樹利亜、小田茜、佐藤藍子、米倉涼子、上戸彩らを輩出。
2002年優勝の渋谷飛鳥らを中心に2002〜04年の入賞メンバーで「美少女クラブ31」を結成し、モーニング娘。をしのぐ美少女ユニット作りを目指す。



このコンテストからは数多くの女優、タレントが出ているが、グランプリ受賞者よりもそれ以外の受賞者が有名になることが多々ある(米倉・上戸など)。



本選の模様を中心にまとめられた特番が開催1ヶ月ほど後にテレビ朝日系で放送されるが、毎回ネット局が少ないうえ本選進出者の地元で放送されないのに本選進出者がいない地域で放送されるケースもあって、オスカーやテレビ朝日の営業力が問われるところである。



第8回大会以降は歴代グランプリの主力メンバー(藤谷美紀、細川直美、小田茜、佐藤藍子)が審査委員に加わっているが、第9回は細川が出産間もないため、第10回は藤谷が舞台公演中のため、いずれの回も菊川怜が代わりに審査委員を務めた。



第11回大会の開催は現時点では未定だが、開催20周年となる2007年が有力と見られる。




上記は、『wikipedia』より引用しています。だって一番詳しいんだもん。。。
posted by ココタロ at 18:33| Comment(0) | TrackBack(1) | What's オーディション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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